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最高気温 最高記録 2010-07-24

奥出雲

皆様、暑いですね~~~!!

ここのところテレビを見ても全国的な猛暑を報道していますが、ハイ、奥出雲も同じく日中は連日33℃前後あります。

7月22日付の新聞ですが、
最高記録.jpg

なんと!!観測史上最高気温を奥出雲、達成?!したようです...。この日だけが特別暑かったとは思えなませんが、毎日うだる様な暑さなので、そんな日が一日あってもおかしくなかったなぁとは思います。

しかし、さすがは奥出雲です!!朝けっこう涼しいんですよ♪ 今朝は涼しいどころかちょっぴり寒くて、私は大布団掛けて寝ました(笑) うちの母、風邪引いちゃったりしてますので、皆さんも体調管理には十分お気をつけ下さいね。そしてもちろん熱中症やら日焼けなどなど。

皆さん、夏バテしないよう乗り切りましょうね☆




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木次線の歴史 ~簸上鉄道~ 2010-07-17

奥出雲 『施設』

皆さんこんにちは! どうやら数県除きますが、梅雨明けをしたようですね。あちこち災害があり、今日は東京の友人が心配して電話をくれました。島根でも痛ましい事故がありましたが、奥出雲は大丈夫です!!

さて、久々にちゃんと取材をしたブログです(笑) 
今年の4月から島根デザイン専門学校の校長先生にトップページの写真を提供してもらい月に2回変えていますが、今月後半分は"出雲横田駅"の写真となりました。校長先生には、'とにかく奥出雲町内の写真をお願いします'と言っているので毎回私もどんな写真が届くか楽しみにしているのですが、今回届いた写真を見て"ピン!"と来たのです☆

「そう言えば、元々木次線って私鉄で奥出雲の絲原家が作ったはず、名前は確か'簸上鉄道'だったなぁ。よし!今回のブログネタは木次線だ~♪♪」

という事で、今日は木次線の奥出雲町内の駅を回り写真を撮ってきました!!

■出雲八代駅
八代駅.jpg

■出雲三成駅
三成駅.jpg

■亀嵩駅
亀嵩駅.jpg

■出雲横田駅
横田駅.jpg

■八川駅
八川駅.jpg

■出雲坂根駅
坂根駅.jpg

■三井野原駅
三井野原駅.jpg

と奥出雲町内には7つの駅が存在します。現在、ほぼ無人駅ですが、人が常駐しているのは"出雲三成駅"と"出雲横田駅"のみ。しかもJRの職員さんではなく、業務委託された自治体の方がおられます。
私も初めて全ての駅を比べて見てみたのですが、出雲三成駅は特産市やコンビニと一緒になった近代的な建物になり、出雲坂根駅も今年建て替えが行われ坂根地区の方の公民館としての利用もできるようになったり、時代と共に変わっているものもあれば、そのまま変わらない姿のものもありました。

では木次線の歴史です。
時代は明治の終わり頃、大原郡(現雲南市)から仁多郡を経て広島県へ至る陰陽連絡鉄道を敷くことが当時の念願だったようで、地元有志、奥出雲の絲原武太郎氏・大東の木村小左衛門氏他で大正2年(1913年)12月鉄道敷設許可を申請、翌3年1月に'簸上鉄道株式会社'を設立。そして4年から工事に着工し、大正5年10月から宍道ー木次間開通。
簸上鉄道の次の目標は木次から三成ー横田間を経て、県境を越え広島ー三次間の芸備鉄道線に連絡すること。
木次ー三成間は昭和2年(1927年)12月起工→昭和7年竣工→同年12月から開通
三成ー横田間は昭和7年から調査→9年横田駅・八川駅、12年(1937年)坂根駅・油木駅がそれぞれ開業し、木次線は広島の備後落合駅まで全線開通。構想から25年以上の歳月を経て、悲願達成☆

木次線は戦中・戦後沿線住民の足として、また陰陽を結ぶ乗客・貨物運送の要として大いに利用されたようですが、車社会が進み始めた昭和40年頃をピークに乗客が急減し始め毎年赤字が続く路線になったようです。昭和9年に簸上鉄道は国鉄に買収されたのですが、国鉄が全国的に不採算ローカル線を廃止の検討をしていく中で、木次線も対象路線の候補でしたが、存続運動等もあったりして、昭和62年の国鉄民営化でJR西日本に生まれ変わった後も、減便などの曲折を得ながら今日まで存続しています。

という事で、木次線~簸上鉄道~を調べてみると、このような歴史があったことが分かりました。この町他有志の人達の思いと力で、この地域の活性化を思い長い年月をかけて達成されたと知り、いつの時代にも我がふるさとを思い頑張る人達がおられることが分かり、とても誇りに思います。

ここに書いた内容は、昭和43年に発行された『横田町誌』と平成21年に発行された『新横田町誌』から抜粋したものですが、その他にもとても興味深い内容が書いてありました。長くなるので載せませんが、先人たちの功績は計り知れないものがあるなぁと感激にひたっております。

ちょっと話がずれてしまいました...。しかし、改めて出雲横田駅の駅舎を見ると何とも存在感のある素晴らしい建築物で、このセンスに脱帽!って感じです。この駅舎、昭和9年の開業以来変わらずここに存在しているんですよ!!

今まで何とも思わなかった、私達横田の人間にとっては当たり前すぎて見落としていた駅舎、切り取って写真にしてもらったお陰で町の重要文化財だと改めて認識することができました!!

横田駅アップ.jpg

稲田姫の像.jpg
↑今は横に'稲田姫の像'が立っています。







'先祖が喜んでるよ♪' 2010-07-14

つぶやき

『咲子さん、お客様来られてます!』

お昼の休憩で食事をしていたら、そんな内線電話がかかってきた。降りてみると、知り合いの悦義おじさん♪ 何年ぶりかしら?!という位ご無沙汰のおじ様のご来店。奥出雲町上阿井というところで美味し~いお米を作っておられる方である。

『今日は雨が降って農作業ができんでなぁ、この間TV見ちょったら山内先生が良い話されちょって思い出して、久しぶりにと思って寄ってみたわ!』との事...、嬉しいじゃないですか♪
またまた農業の事など聞いていたら、とある元教師のM先生の話が出てきて、『M先生とこ一緒に行ってみようや!』という話になった。
準備に上がり、母に『悦義さんが来られちょって、今からM先生の所にお茶飲みに行くけどお母さんも行く?!』と誘ったら行くとの返事、急遽3人で突然押し掛けてみた。

M先生、御歳82歳!!ご主人も亡くなられ、子供さん達も都会に出られ一人で暮らしておられる方だが、M先生こそ何年ぶりだろうか?!同じ町内に暮らしていながら、ここ最近はご無沙汰してお会いしていなかった。車で5分もかからないご近所さんなのに...。

今から10数年前、『貴女みたいな人は旅館の女将さんが似合うから、旅館にお嫁に行かない?!』とお見合い話を持ってきてもらったのが私がM先生と仲良くなったきっかけである。亡くなった祖母とM先生が昔から親しくしておられたようで、そんな事で私にお見合い話を持ってきて下さったと思うのだが、最近はホントすっかり御無沙汰をしていた。

『まぁ、よう来てごしなさった。』

と、悦義さんとも私とも母とも久しぶりのM先生は、それはそれは喜んで下さった!!

話の途中、『松葉屋さんはホンによう頑張っちょらいて私も嬉しくてねぇ。ほら、そこ見て!誰かがお茶飲みに来なさったら、この新聞広げて自慢しちょうところだわね☆』

松葉屋新聞.jpg

見れば、去年横田本店の10周年記念創業祭をやった際の一面新聞広告が置いてあるではないですか!!なんと嬉しい事☆

とにかく話は盛り上がり、昔話をしたりしていると実は遠い親戚だって分かったり...、悦義さんが、『先祖が喜んじょーわね、こうやって今みんなで集まってる事を!』と。『これを機会にまた集まりましょうや!』と、嬉しい事を言って下さった。

昔はよく、両親や祖母の友人知人が集まって私も混ぜてもらって一緒にお茶のみをしていたのに、今は何だか余裕がなくなって。でもこうやって気に留めてもらっていると感じた今日、何とも嬉しい気持ちになった。
田舎って人間関係や近所付き合いが煩わしいとよく言われるが、反面こういった嬉しいお付き合いもある。こうやって、みんなが支えあったり応援しあったり...。

M先生一人で淋しいかと思ったら、いえいえ、大きなお家の広いお庭の手入れや趣味の習字や何やら...忙しいとの事、「自由で楽しいわよ!」
とにかくお元気な姿から、それは容易に想像できた。

お庭から.jpg

お土産.jpg

帰り際、眺めの良い広いお庭からお花を切って下さり、そしてたくさんお土産を頂いた。最近こんな風に心暖まる時間を過ごさせてもらえるのは何でだろう?先祖が、亡くなった祖母が応援してくれているからなのかなと、ふと思ったりした。


草刈り 2010-07-10

つぶやき

今日、別の事務所で仕事中、

『あら咲ちゃん達、仕事しちょうかね。わしゃ今朝5時からブルーベリー畑の草刈りやら笹取りやら、今は公民館で祭りの準備で子供たちに灯篭に貼る絵を書いてもらっちょうわ。今からみんなでカレーライス食べるけど、咲ちゃん達も来んかや?!』

とお誘いを頂いた。そして早速、お昼ご飯をご馳走になりに行って来た。

カレーライス.jpg

そしてそこにはこの自治会の小学生の子供達が10人、灯篭に貼る絵は描き終わりみんなでご飯を食べていた。
ご飯を食べながら、一人ずつ順番に自分の書いた絵を披露♪♪ みんな、うっ上手い☆ 絵ごころに感動!!

灯篭.jpg

そして食事が済み、子供達はみんなで遊びに出掛けた。
子供達.jpg

そうこうしているうちに、続々と自治会の人達が集まってきて、何となくみんなでにぎやかに食事。ほとんどが農家のお宅のおじ様達、もちろん会社務めとの兼業農家だが、話題は米作りの話や、畑、笹取り&笹巻き、そして草刈りなど私の家庭では聞かない話をたくさん聞かせてもらう。

現在約120軒の集落、小学生の子供の人数は17人だそうだ。多いのか少ないのかよく分からず聞いてみると、60代位の人が『わし達が子供の頃はここの集落に学年で10人位はおったで。』と...、という事は小学生だけで60人位はいたという事なので、少ない訳だ。
『限界集落だわね、ここは。』と淋しい言葉が...。

米作りの話を聞いた。『草取りが大変でだからみんな農薬使うけど、無農薬にすると今度は草取りがねぇ。色んな農法を考え付いてやってはみるけど、なかなかそれはそれで大変でね。』

4月30日付けのブログ'心の余裕'にも書いたが、今年初めて草刈りに目が行き、母と二人で草刈りをした後、数日後にはもう伸びて来ていて、また草刈り。そして母はあれから3・4回草刈りをしている。刈っても刈ってもすぐ伸びて来る草。
たったあれだけの距離でも大変なのに、田んぼを何反もある家はどれだけ大変か...。

この集落の人に限らず、自分の集落で耕作ができなくなった人の田んぼを委託されて集落で管理している田んぼがどんどん増えてきた。そう、農業(米作り)をしていたお年寄りが亡くなり、若い人は都会地へ出て行っているので田んぼを作る事ができないから...。

何とかしなきゃ、この現状...。とは思っても何もしていない私の横でここのおじ様達は、私にカレーライスをご馳走してくれたおじ様達は"とにかくやるしかない!"と集落で協力しあいながら、そして自分は毎朝5時に起きて田んぼや畑仕事を、会社に行く前に、会社が休みの日にしている。

本当に凄いの一言

今まで私の目に入って来なかった、興味のなかった農業や農作業。お米を作る事の大変さ、野菜を作る大変さ、果物を作る大変さ、天候に左右されるし大変だとは認識していたが、まさか"草刈り"という作業がこんなに大変だとは...。物凄く大変な思いの上に出来上がっている食物、本当に感謝して頂かなければ罰が当たると思わされる。

『大変だけど、採れたての新鮮な野菜や果物、美味しいお米を食べられる贅沢。ほんに旨いんだな、これが!』
と笑顔のおじ様達に、疲れは全く見えなかった。

子供達のにぎやかな声を聞きながら、
素敵な絵を見せてもらいながら、
地元のおじ様達に自分の知らない話を聞かせてもらいながら、
扇風機もクーラーもいらない風通しの良い公民館で、
愛情たっぷりのカレーライスに採れたてキュウリの漬け物。

町の活性化って何だろう?!
実はこんなところにヒントがあったりする。
悩んだり落ち込んだりする気持ちを癒してもらった。

帰り道、目にとまった草刈り途中の畦。
草刈り.jpg

義務感ではなく、楽しんでやっておられる皆さんの姿は本当に私を癒してくれた。





















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