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奥出雲・ランチカタログ 2013-08-28

奥出雲 『食』

ちょっとご紹介が遅れましたが、奥出雲観光協会作成の『奥出雲町で食べる ランチカタログ』の紹介です
ランチカタログ

こちらのカタログ、奥出雲町内でランチが食べられるお店を40店舗紹介してあるんです!!
そのお店のおススメの一品の写真と、お店の情報、そして地図。
旧仁多町エリアは『R432沿線エリア』、旧横田町エリアは『R314沿線エリア』としてまとめてあります。

R432.jpg

R314.jpg


奥出雲町は『お蕎麦』が有名で、結構遠くからお蕎麦を食べに来られるのですが、実はお蕎麦以外も
美味しいお店がたくさんあるのです

和食あり、洋食あり、中華あり、お寿司あり、ラーメンあり、フレンチあり、マクロビあり、ハンバーガーあり・・・
と自信をもっておススメできるお店ばかりですので、是非皆さん奥出雲にランチ「も」食べにお越し下さいね


こちらのカタログ、現在松葉屋にはありませんが、ここに載っている飲食店さんに行けばありますので、
是非どこかランチしに行ってGETして、次に行くお店考えてみて下さいね~


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素敵な贈り物 2013-08-22

つぶやき

先ほど、雨が降り少し涼しくなった奥出雲です!!
農作物も少し喜んだのではないでしょうか?!


さて、先日お盆期間中お店に立っていた時、1人の男性が訪ねて来て下さいました。
初めてお会いするその方は、‘高橋一郎先生’の弟様で、‘高橋明善さん’という方でした!!


私が奥出雲の歴史や文化や人に興味を持ち始め少しずつ勉強していく中で出逢った高橋一郎先生の本、残念ながら一郎先生は2年前にお亡くなりになりました。生前お会いしたかったのですが叶うことなく、本だけ愛読させてもらっています。
以前本のことをブログでも紹介したことがあるのですが、明善さんも読んで下さっていたようで、御礼にと…お越し下さいました。

↓以前のブログはこちら。
http://okuizumosanka.blog.fc2.com/blog-entry-115.html


そして、こちらの本を下さったのです。
高橋一郎先生1
弟・明善さんが一郎先生の「奥出雲の人・文化・歴史」の研究は奥出雲の人々にとって共通の財産になるのではないか、また10代続く高橋家の家系が横田における存続は難しいと思っておられ、家が消えてもせめて一郎先生がこの地に生きていたという証を残しておきたいと思われ作成されたのだそうです。
そんな貴重な本を、数回ブログで書かせて頂いたご縁だけで私にも下さった事は、本当に嬉しい贈り物でした。

まだ全部は読めていませんが、一部読ませて頂いただけでも、一郎先生の功績たるや、本当に素晴らしい研究者であったと改めて実感しています。

私がこのブログや季刊誌で発信させてもらっている過去の情報は、ほとんど一郎先生の資料からと言っても過言ではないくらいです。
私は、研究するほどの知識も何も持ち合わせていたいので、興味を持った事をただ、簡単な言葉で誰にでも分かるよう発信し、少しでも多くの人に知ってもらい、この地に生まれた事を誇りに思ってもらいたい一心で書かせてもらっています。

私のそんな上っ面で浅い内容とは到底比べ物にもなりませんが、ただ奥出雲を想う気持ちは同じだと思っているので、先生が25年余りにわたり300回を超えて発刊された文化誌『奥出雲』を目標に私も続けて行きたいと思っています。



明善さんとは、本当に数分言葉を交わしただけでしたが、ブログでの紹介を快諾頂き、興味あるところは載せてもらっても構わないと言って頂いていますので、またいくつか紹介できればと思っています。


そんな中、さらっとめくったページで目に留まったのがこちら↓↓
高橋一郎先生2
私にとって、タイムリーな記事でした!! やっぱり岩屋寺は凄いです☆



贈って頂きました明善様にこの場を借りて御礼申し上げます。
この度は本当にありがとうございました。
書いていられる『ご挨拶』と『編集後記』の中に、勇気づけられるメッセージがたくさんありました!!
そしてこの地におられなくても、ふるさと奥出雲を想っておられる方がたくさんおられることも知りました。
微力ではありますが、皆様に懐かしんで頂ける情報が発信できればと思っています。
今後とも、お力添えをよろしくお願い申し上げます。

草刈り 2013-08-21

奥出雲

暑い暑いと言いながら、季節は確実に秋に向かっている今日この頃。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?!

昨日、奥出雲オーガニックコットンで作った商品ができたと連絡を頂き、そういえば、種まきをしてから1度も見に行っていない(汗)という事に気づき、夕方Sさんと見に行ってきました。

するとどうでしょう!!! 草だらけ
7月~お盆まで忙しかったとはいえ、ほったらかし過ぎたという反省から、今朝Sさんと、100人力の助っ人マイ・マザーと一緒に草刈りに行ってきました!!
もちろん今までに何度も水やりや草刈りをして下さってますが、私が1度も行かなかったので・・・(^_^.)


↓これ、5月20日の種まきした時。
コットン畑3

↓これ、今朝の状態
コットン畑

Sさんと「では8時に!」と約束し、家に帰り母に話すと「8時なんて暑くて出来んわね、もっと早く行こう!」
と言われたけれど、起きる自信がなかったので「結局7時半に待ち合わせして、8時前に到着。そこから、約1時間Sさんは草刈り機で、私達はクワで、頑張って草刈りをしました!!

草刈り


あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、暑い
やっぱり母の言うとおり、せめて6時には行かないと(大体農家の方は4時とか5時から作業をしておられるそうです。)暑くて死にそうーーーでした。
私、あまり汗をかかないのですが、今日は凄かった 1年分の汗をかいた感じです(笑)



そして頑張った結果がこちら。

↓↓左側が私で右側が母。スピードが違いました。
草刈り1
1時間頑張っても、畝の半分も行きませんでした(-_-;)
この調子だと、あと4・5日はかかりそうな気が…。
きっと明日は筋肉痛で動けないと思う…。
どうしよう…。


↓↓こちらがSさん、草刈り機で1往復。全然速さが違います。
草刈り3


やっぱり農作業って、本当に大変。
ちょっとだけやってみるだけで、食べ物に対する気持ちが変わってきます。
本当に感謝して頂かないといけないなぁと。


田んぼ1

そしてこちらが、お店の前の田んぼ。こちらはいつも綺麗に草刈りをしておられます。
見習わないといけません。



早起き苦手ですが・・・少しの間、頑張って草刈りしようと思います!!





「消えた仁王像」の追跡 ③ 2013-08-17

奥出雲 『歴史』

第3章 追跡を終えて

 『帰国して間もなく、メノー氏から約束の回答が届いた。2つの文書が添付されていた。1つは仁王像の後頭部の墨書である。そこには、仁王堂が暦応年間(1338年~1342年)の兵乱によって破損したこと、及び天文8年(1539年)に仁王像を彩色したことが書かれている。他の1つは岩屋寺文書の快円日記の抜粋である。康秀が天文8年に四天王像を造ったこと、及び仁王像を修復したことが書かれている。これら2文書について考察を試みた。
 仁王像は暦応年間もしくはそれ以前に造られ、仁王堂に安置されていたが暦応年間に兵乱によって仁王堂が壊され、恐らく仁王像も破損し、以後どこかの場所に仮置きされている状態が長く続き、彩色もあせてしまったために、1539年に快円が康秀に修復を依頼したと推測される。
 暦応(1338年~1342年)は、南北朝時代前半の年号であるから、更にさかのぼり十一面観音菩薩(1306年鏡信作、岩屋寺旧蔵品)と同じ時期、即ち鎌倉時代後期にさかのぼる可能性がある。なおこの考察についての所見をメノー氏にお願いしている。』



赤水氏のお蔭で、ここまで仁王像の制作時期が分かりました。
ただ赤水氏も書いておられますが、作者が誰なのか不明なのが残念だと…。

追跡を終えて分かった事をまとめておられますが、上記の事、そして昭和48年~50年頃仁王堂から何者かによって運び出され、寄り道をしながらとある場所に辿りつき、メノー氏が平成16年から交渉に入り平成19年に2年半の交渉の末取引が成立し、同年博物館に到着したことです。

色々な噂を赤水氏も聞いておられるようですが、『いずれも確証はなく真相は闇の中にある。この不明期間は、秘密裏に運搬・仮置きされたであろうと推測されるので、事件として追跡しない限りその動静を把握することは困難と思われる。』と書いておられます。



そして2m20cmもある仁王像をどうやって運び出したのか、みんな不思議におもっているのですが、このように書いてありました。

 『あの巨像を山門からどのようにして運び出したのか、ミステリーと噂されたが、博物館に到着した時の荷姿を見ると、それほど不可解な作業ではないように思える。像に布を巻いて養生し、用意しておいた木枠の箱2個に納めて、これを小型トラックに載せて運搬する一連の作業は、三人の人手があれば造作ないように思われる。』

と…。そしておかしな人の手に渡るのではなく博物館にて日本美術使者として大切にされていることを見届けたこと、仁王像と対面できたことは終生忘れらない思い出となったと書いておられます。


最後に、メノー氏から木山宮司に宛てられたメッセージの末文の記載と、岩屋寺に関する資料提供をされた方々への御礼が書かれ、レポートは終了しています。

KIMG1134.jpg 
上:アムステルダム国立美術館 写真
中:       同         イラスト
下:仁王像の前で「赤水氏とメノー氏」



このレポートを送って頂き読み終えた時、何とも悔しい気持ちとここまでのレポートをまとめて下さった赤水様に尊敬と感謝の念がわきました。

どうして由緒あるお寺を守ること、仁王像他重要文化財の仏像を守ることが出来なかったのか、残念でなりません。
これはあくまでも噂ですが、この仁王像が売りに出された時、実は旧横田町だか島根県だかに1億円で買わないかと打診があったと聞きました。本当かどうかは分かりませんが…。もしそれが本当であれば、何故その時買い戻すことができなかったのか、本当に本当に残念でなりません。

しかし、赤水様も書いておられるように、日本美術紹介の使者としての役割を担っていると思うと、廃寺にあるよりはよっぽどいいのかもしれません。そして色んな教訓をこの事は教えてくれているので、今後このような事がないようにしていきたいものです。


赤水様は実は友達から新聞社への寄稿を進められていたようですが、作者不明ではニュースの価値がないので辞めたとお手紙に書いてありました。
しかし、私から見れば本当に素晴らしいレポートで、是非多くの方に知って頂きたいとの思いがありましたので、今回お願いをしてブログ掲載をさせて頂きました。
本来なら全部載せるのが読む方にとっては良いと思いますが、インターネット上に載せて残る事がよいかどうか判断が付きませんでしたので、私の拙いまとめでおおくりしました。


この度私のブログを読まれた方から、「是非読ませて欲しい」とのメールやFacebook等でも載せた事に対しての感謝の気持ちを書いて下さっている方もいます。関心が高い事に嬉しくなりました。

長年噂でしか分からなかったことをここまで調べて頂いたレポートを私にまで送って下さり、またブログへの掲載を許可頂きました赤水眞二様に、この場をお借りして御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました!!











「消えた仁王像」の追跡 ② 2013-08-16

奥出雲 『歴史』

第2章 仁王像に対面

 『4月11日10時半に福岡空港を離陸、同日の現地時間15時過ぎにアムステルダム国際空港に到着(約12時間の飛行、時差7時間)。アムステルダムを起点にして、オランダ、ベルギー及びルクセンブルク三国の周遊を終えて、再びアムステルダムに戻る。いよいよ仁王像に対面する4月18日を迎えた。すでに13日に初公開され、お披露目を終えている。 オープン初日の入場者数は約2万人であったという。当日も入口は長蛇の列ができるほど盛況であった。ゴシック調の博物館は荘厳でヨーロッパ有数の博物館にふさわしい威容を誇っていた。』


 
 私もインターネット上ですが、少し『アムステルダム国立美術館』を調べてみました。1885年に建築家ピエール・カウパースによって建てられ、その後の増改築によって迷宮のようになってしまっていたものを現代に合わせた形に改修しようと2003年から閉館・解体、しかしリニューアルの設計コンペで1位を獲得したスペイン人の建築家のデザインに市民団体が猛反発、そして政府からの予算削減など、様々な問題が起こる度に工事が中断。延期につぐ延期となり、10年もの歳月をかけ、2013年4月にようやく公開にこぎつけたのだそうです。
 デザインに対する反発って、美術館を貫く自転車通路の閉鎖に市民が反対したのだそうですよ!

 そんなすったもんだがあった中、『アジア館の目玉』として岩屋寺の仁王像がお披露目をされたのだそうです。

 
 対面された赤水氏は下記のように表現しておられます。

 『当館で一番広い陳列ホールの入口でアジア館の責任者であるメノー・フィツキー氏が私を迎えてくれた。挨拶をそこそこに済ませ、ホールを見渡した瞬間に仁王像が目に入った。懐かしい、あの故郷の金剛力士がヨーロッパの檜舞台に堂々と立って、次々とやってくる観客に対峙しているではないか、その雄姿たるや涙が出そうになるほどの感激であった。』

 そして、木山宮司からメノー氏が日本語が堪能と聞いておられたので、日本語で5つ質問したことが書いてあります。

 1.仁王像を初めてみたのはいつ、どこでしたか?
 2.仁王像が何年頃に岩屋寺から持ち出されたか聞いたことがありますか、また仁王堂から消えた後、辿った足取りについて聞いていることを教えてください。
 3.オークションで落札したのはいつですか?また博物館に到着したのはいつですか?
 4.いくらで購入したのか郷里の人は関心を持っている。差支えない範囲で話してもらいたい。
 5.オランダ人、あるいはあなた自身から見て、仁王像をどのように評価していますか、どんな魅力がありますか?

 1~4については、インターネット上に言葉として残すのが適当かどうか分かりませんので、この場には書かないでおきます。もし興味のある方、知りたい方は私までご連絡下さい。

 5についての回答は私も興味深いものでした。
「ヨーロッパで日本美術というと、どうしても禅の世界の「静」のイメージがある。しかしパワフルで、活気のある「アート」もあることを伝えたい。表情が豊かで、とても人気がある。」


 そして会話の中で、制作年代は南北朝時代(1336年~1392年)で作者は不詳という事が分かったそうです。ただ赤水氏が入手された資料から赤水氏は16世紀前半の作品で作者は運慶派の仏師・康秀(こうしゅう)だろうと思っておたれたので、疑問をメノー氏にぶつけられましたが、その説明では理解できなかったのだそうです。そしてまたメールで回答いただくという事でインタビューを終えられたと書いてあります。


最後に、ちょっと長くなりますが赤水氏の仁王像に対面し、メノー氏との会話から感じられた感想を記しておきます。

 『見納めに、もう一度、仁王像の前に立ち、頭のてっぺんから足のつま先まで、つぶさに観察した。巨像の背丈は3メートルくらいあろうかと思われるが、正確には2m20cmであるという。これほど精巧、しかも力がみなぎり、憤怒の情を豊かに表現している彫像は他にはないとの信念は、些かもゆらぐことはなかった。
 仁王の「仏法の守護神」としての使命は、とっくに終わっているとはいえ、美術的価値は永遠である。日本人はその芸術を売り、オランダ人は、それを買い像の魅力に心をわくわくさせているのは皮肉な結果である。しかし、30年余りの流浪の末に、ヨーロッパ有数の博物館に安住の地を得たのである。しかも仁王像をこの上なく愛しているメノー・フィツキー氏に見守られ、更に末永く守護されていくであろう、そして世界の多くの人々に感動を与え続けるであろうと思うと時、安堵の気持ちに満たされた。奥出雲の人里離れた廃寺の山門に閉じ込められているより遙かに幸せではないだろうか。あのいかめしい怒りの表情が心なしか和らいでいるように感じられ、故郷の宝を失った無念の思いが薄らいでいくようであった。末永く安らかであれと祈りつつ別れを告げた。』



このような感想で第2章は締めくくられていました。


③に続く・・・。



 

 
 


「消えた仁王像」の追跡 ① 2013-08-15

奥出雲 『歴史』

第1章 海を渡った仁王像

 『私の故郷、島根県仁多郡奥出雲町(旧横田町)の横田八幡宮裏山の頂上に真言宗の岩屋寺がある。残存している古文書によれば、天平勝宝年間(749年~756年)に行基による創建とされ、聖武天皇勅願所であった。1274年、最初の蒙古襲来時、博多湾沿岸に上陸した蒙古軍は暴風と高波により船の大半が沈没して運よく国難を逃れたが、次の襲来に備えることを余儀なくされた。日本の寺という寺では勝利を祈願する祭事が行われ、時の後宇多天皇は、伊勢神宮はもとより岩屋寺にも祈願する。近世まで奥出雲を代表する寺で行政の要所として権勢をふるった由緒ある寺であるが、今や廃寺となり古刹の面影はない。』


このような書き出しで始まったレポートですが、岩屋寺が由緒あるとはなんとなく聞いていましたが、700年代にここ奥出雲にこのようなお寺が建っていた事に、改めて驚きました。


レポートされた赤水眞二氏は幼少の頃ここ岩屋寺に何度も登り、山門に立ちはだかる一対の仁王像に恐怖に怯えながらも心惹かれるものがあったと記されています。
昭和50年頃この仁王像が突然消え、謎に包まれたまま歳月が流れてしまっていたとき、宮司の木山氏から『アムステルダム国立博物館に所蔵されている』という話を聞かれたそうです。

そして今年2月、‘オランダ映画『ようこそ、アムステルダム国立博物館へ』と『仁王像』’をキーワードに検索すると、岩屋寺の仁王像に関する記事が20件以上もあり、驚くべき事実が判明したと書いておられます。

この映画は平成20年に公開され、老朽化など問題を抱える博物館をリニューアルする際の騒動を納めたドキュメンタリーで、映画を鑑賞した人からの感想が寄せられていたそうです。

学芸員メノー氏の購入と研究に邁進する姿や、運ばれてきた際の愛おしそうに撫でる姿に誇らしげな表情。
昭和55年に売り出され、メノー氏が館長を説得して新設するアジア館の目玉にすることを決定し、2年半の交渉の末買い付けに成功したこと。中には芸術作品の海外流出を憂える厳しい批判など、4つの視点で書いておられます。

そしてこの博物館は平成16年から改築が始まり、紆余曲折を得て、平成25年4月13日にオープンしたのだそうです。
赤水氏はオランダとの合併企業に出向しておられた経験もあり、元同僚との再会や観光もかね、もう一度仁王像に会いたい一心でこの博物館に4月に行くことを決心されました。

映画で見るメノー氏は仁王像に愛着を持ち、入手するために心血を注いだ人なので、価格交渉の過程で仁王像にまつわる裏話を聞いておられるだろうと思い、直接会って遍歴の足取りや像の評価など聞きたい、生あるうちにもう一度仁王像に会いたい思いを書き面会を申し入れられ、快諾と丁寧な歓迎の返事をもらったことを書いておられます。

そして訪問し仁王像に対面する前に岩屋寺の現状・仁王堂がどうなっているかを確かめたくなり、3月中旬に約60年ぶりに寺を訪ねた事が記されています。

 『本堂と鎮守堂の外観は白っぽい木肌を見せているが、風雪に耐えていた。宝物殿は、草木・竹の藪に囲まれているが、金色の外観は予想したほど色あせることもなく、栄華の後をかすかにうかがわせる風情であった。
 鎌倉時代には焼き討ちを仕掛けたり、されたりして多くの宗徒が通った道を引き返し、仏教の興廃、寺の変遷に思いをはせながら下山した。』


と第一章の最後にこう記してありました。




②に続く・・・。

なかなか続かない・・・(汗) 2013-08-13

つぶやき

続きを楽しみにして頂いてる皆様、すみません

ちゃんと書かなきゃ・・・と思うとなかなかまとめられず、気が付けばお盆week。
またしても時間が取れなくなってしまいました


いい訳がましいブログを書くのも気が引けますが、時々覗いて下さっていたら申し訳ないなぁと思いまして。

もうしばらくお待ち下さい~



全然話は変わりますが、8月2日に赤ちゃん誕生しましたーーー
もちろん私の子ではありませんよ(笑)
妹の3番目の子供で~す!!

可愛くて可愛くて、毎日眺めております

ののか

すっかり‘おばバカ’です(笑)


では皆様、楽しいお盆休みを(^_^)/

『消えた仁王像の追跡』 2013-08-06

奥出雲

暑中お見舞い申し上げます!!

ちょっとご無沙汰をしてしまいました。
8月に入りました、お祭りやイベント尽くしで飲み会も多くちょっと夏バテ気味ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?!

今日は、皆様に嬉しいご報告が♪♪
今年の2月5日のブログに『奥出雲の宝、発見☆』という事で、岩屋寺の仁王像の事を少し書きました。
その中で、「謎が解明されたらここで報告します!」と言っていたのですが、ついにその時がきました


奥出雲町中村、横田八幡宮裏山の頂上に『岩屋寺』というお寺があり、岩屋寺の創建は700年代と聞いていて、そこに立派な一対の仁王像があったのだけれど、今から約40年位前に突如として消えてしまった。という話を何となく聞いていました。
ちょっとだけ岩屋寺を調べると、聖武天皇勅願所で行基が建てたという事が分かっていて、そんな古く由緒あるお寺が現在廃寺となり、重要文化財に値するそんな素晴らしい仁王像が、何故消え、そしてどこに行ってしまったのか、私の父たちの世代にとっては大きな関心事だったと思います。しかし時代も変わりあまり岩屋寺に関心を持つ人も少なくなってきている中、私もいつか調べてみたいなぁと思うくらいでした。

そんな想いが頭の片隅に少しあったからか、2月に別の取材でお邪魔したお宅に1通の手紙が…。
お話を伺うと、『仁王像の事が分かるかもしれない』・・・私の心は躍りました♪♪

http://okuizumosanka.blog.fc2.com/blog-entry-316.html

そしてこのブログ↑↑に繋がったのです。


奥出雲町出身の赤水眞二氏(山口県在住)が、故郷の宝が無くなってしまっている事を非常に残念がっておられた中、横田八幡宮木山宮司からアムステルダム国立博物館に所蔵されている事を聞き、追跡したいと思うようになられました。そしてそう遠くない将来会いに行きたいと思っておられ、今年4月、念願叶い対面され、2月~6月にかけての追跡調査!
みな、何となく噂で聞いて気にはなっているものの、誰もその真相を知るものがいない中、赤水氏は対面を果たしその後メノー氏やその他多くの方の協力を経て、レポートを完成させられました!!

赤水氏帰省の際、連絡を頂き初対面させてもらったのが今年の5月、そして先月レポートを送って下さいました。
ここの所、ブログも更新出来ない程バタバタしていたので御礼も言えていなかった中、先日メールをいただきました。失礼を詫び、ぶしつけにも赤水氏に、是非このレポートの内容をブログで紹介させてもらえないかと伺うと、即返事を頂き快諾、ここで発表させていただくこととなりました。


【消えた仁王像の追跡】
 第一章 海を渡った仁王像
 第二章 仁王像に対面
 第三章 追跡を終えて

レポートは全部で6ページ(A4サイズ)、三部構成になっていますので、一章ずつ、中身を引用させて頂きながら紹介します。


仁王像1



続く…。

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