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石垣島からのお客様 2014-06-24

つぶやき

夕べ凄い雷と激しい雨でした
しかし、今日は爽やかな良いお天気に恵まれました

武井さん&理蘭ちゃん

今年の3月に石垣島から奥出雲へIターンで来られたTakeiさんご夫妻とお二人の知人で現在石垣島在住のRiranちゃんが私を訪ねて来て下さいました(*^_^*)

ご縁とは不思議なもので、ネットで奥出雲の調べものをしていた時、Takeiさんが書いておられるブログに辿りついたのが去年の12月。その際、そこに書かれてあったのは「‘鶴瓶の家族に乾杯’を見て奥出雲へ移住を決心」と・・・。
その3か月後の3月にはご家族4人で石垣島から来られたのでした。
毎日ブログを書いておられるTakeiさん、私はあれからずっとブログの読者で毎日読ませて頂いているのですが、移住して来られて1カ月位たったある日、松葉屋にご家族で買い物に来られていたのでした。
Takeiさんご本人はブログに登場されてことがなく、子供さんの写真がいつも載っていたので、「この方達は石垣島から来られたあのご家族に違いない!」とピンときたので、声を掛けさせてもらいました。

最初の出会いはそんな感じでしたが、それからお会いする事も無く月日が流れていたのですが、数週間前Takeiさんから電話を頂き「私の知人が石垣島から遊びに来るのですが、私が咲子さんの事をブログで書いたら是非会いたいと言っているので、会って頂けませんか?!」と。

もちろん、喜んで!!ということで、昨日お会いさせて頂きました

2時間くらい、色々なお話をさせてもらったのですが、まずTakeiさんご家族は本当に奥出雲へ移住して良かったと喜んでくださっていて、一番言われていたことは「奥出雲の人は優しい!」ということでした。
自治会の皆さんやお店で出会った人々、みんな優しくてそして奥出雲愛が素晴らしいと・・・。
そして食べ物が本当に美味しく、仁多米最高と言って下さり、私もとっても嬉しかったです


Riranちゃんは神戸生まれの神戸育ちだそうですが、Takei夫妻と出会い数年前石垣島へ移住。そして今回お二人を訪ねて奥出雲へ遊びに来られました。
私のブログを気に入って下さり、ここ最近のはずっと読んでくれているようですが、紹介した「あたらしい出雲旅行」というデザイン学校の青木校長先生が写真を撮って出されたガイドブックも買ってくれていて、そこに青木先生の出身大学が載っていたのですが、Riranちゃんも同じ大学出身で青木先生にも会ってみたいという事で、翌日(今日のことです)お会いしてきました。

なんだかRiranちゃんもすっかり奥出雲を気に入ったようで、「私も奥出雲に移住したい~!」なんて言ってくれています。

りらんちゃんピアノ
大学の専攻が「ピアノ科」だったようで、ピアノの講師もしているということで1曲披露してくれました!!


最近、私の周りに奥出雲へのIターン者が増え、時々気が付くと奥出雲出身者は私だけ・・・なんてこともあるくらいです。
皆さん口々に、ここ奥出雲の「空気感」と「人が優しい」、「食べ物が美味しい」と言って下さるので、嬉しい限りです

でもネックは住むところと、仕事・・・なんですよね。


みんながこの町で楽しく豊かに暮らせることを願って、私にできるお手伝いはしていきたいと思っています


Takeiさん、ご縁を頂きありがとうございました!!
Riranちゃんまた会えることを楽しみにしています
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奥出雲神社巡り~鬼神神社~ 2014-06-19

奥出雲『神社』

久々の晴れ間。
今朝も神社巡りしてきました!!

鬼神神社
今日はこちら♪
奥出雲町大呂(中丁)にある『鬼神神社』です。

御祭神は『素戔嗚尊』・『五十猛尊』
実は、『五十猛尊』が祀られている神社ってかなり珍しいのだそうです。
イソタケルノミコトはスサノオノミコトとクシナダヒメの子供で、樹木の種子をもってきたと言われています。
そしてヤマタノオロチが荒らしてしまった野山に種をまき治山治水をした神様なのだそうです!!

神話って難しくて、『日本書紀』と『古事記』があるじゃないですか。
例えばスサノオノミコト1つとっても、
 『日本書紀』・・・素戔嗚尊
 『古事記』・・・建速須佐之男命
と読み方、漢字が違いますよね。

そしてこの五十猛尊は古事記には出てこない、日本書紀の中の神様なのです。
因みに古事記の‘建速須佐之男命と櫛名田比売’の子供は「八嶋士奴美神(やしまいjぬみのかみ)」です。
あぁぁぁぁ、難し過ぎる~というか、覚えられない~

こうやって、ブログを書くことで私も勉強させてもらっています、ハイ。

鬼神神社5
そしてこちら!!
素戔嗚尊と五十猛尊が乗ってきたといわれている埴船(はにふね)が岩化したものだと言われています。
地上2メートル、地下に数メートル埋もれているんだとか・・・。

鬼神神社1
こちらが、御本殿です。
大正7年の遷宮の時に建て替えられたのだそうです。

鬼神神社2
そして、裏山に入っていくと・・・・。
鬼神神社3
こちら、五十猛尊の御陵墓がありました!!!


由緒記が飾られていた読んだのですが、うむ~って感じ・・・。
そしたら、なんと有り難いことにここの神社を管理しておられる方が突如として現れて下さったのです!!!

『どちらから来られましたか?!』と・・・。

『町内です、松葉屋の内田です。』と・・・。

『な~んだ、松葉屋さんかね。』と・・・。

私自身初めてお会いする鬼神神社代表役員であり、責任総代の小林さん、とってもご親切に色々お話を聞かせてくださいました!!!
ありがとうございましたーー。

鬼神神社4


いつ遷宮を行ったのか、どなたが宮司さんか、何人ぐらい氏子さんがおられるのか・・・色々質問。
ここを守って管理するの大変ですねと言うと、

『自分達のことだけん。 良いも悪いも自分達の責任だけん。』

という言葉が返ってきました。


前に大呂神社に行ったときにも地元の方と出会い、『お参りして下さってありがとう。』という言葉に感動したのですが、今日もまた地元の人が大事に大事に守り、つないでいっているその姿にまた涙が出そうでした。

『最近はねぇ、若いもんが頑張っちょうよ~。危機感を感じて、年越しにここで賑やかしちょうけん。』


私が心配するほどの事でもなく、知らないだけで皆そこに暮らす人たちが自分の事として活動されているだと知り、嬉しくなりました。
こういった事は地道で華やかなものではありません。でも、心豊かに暮らすとは実はこんなところにあるような気がしています。

ここ奥出雲に住む私達にとっての初詣は、氏神様に12月31日除夜の鐘をききながらお参りする形。
そこで会った皆さんと『明けましておめでとうございます!今年も1年よろしくお願いします。』挨拶を交わします。
自分の氏神様しか詣でた事がないので他を知らなかったのですが、今日伺ってここでも同じことが行われていたと知りました。

田舎はつながりが強いので、色々大変な面もありますが、でもこうやって同じ土地に暮らす人たちと共に生きることは反面素敵なことだなぁと思います。


神社巡りやお寺巡り、こういった事を調べることで私はこの大自然の中で‘生かされている’ということ。
神様やご先祖様に感謝して、今を懸命に生きることを教わっています。


今日の1日に感謝。
今日の出会いに感謝。


さて、毎年8月7日には龍燈祭(オロチ退治の命日にオロチの魂を鎮めるお祭り)をされているのだそうです。
こちらも楽しみ♪ 是非8月7日に行ってみたいと思います!!

奥出雲神社巡り~横田八幡宮~ 2014-06-17

奥出雲『神社』

日本人の原点を知るには『神話』から・・・。

出雲大社の遷宮、伊勢神宮の遷宮が重なり、不思議な出逢いで知り合った人と奈良へ行ったのが昨年の11・12月と今年1月。
奈良県桜井市にある『談山神社』という神社へ行き話を伺った時、ここの神社は神話の神様をお祀りしてあるのではなく、「藤原鎌足公」が御祭神としり衝撃を受け(私はどの神社の御祭神も神話の神様だと思っていたので)、明治期の神仏分離と廃仏毀釈のことを教えてもらい、そんな歴史があったのかぁと知らなかった自分がとっても恥ずかしくなりました。

そこから神話・神道・神社という事に目覚め、神話や神道について調べ始めそして奥出雲にはいくつ神社があってどんな神社があるのか知りたくなり、神社を巡って調べています。


先日行ってきたののがこちら↓↓
横田八幡宮1
奥出雲町中村(馬場)にある、『横田八幡宮』です!!
お話を伺いたいと木山宮司にお願いしたところ、なんと衣装を身に付けて待っていて下さいました(感激)

そもそもの知識がないまま、お話を伺ったのでその時にはすぐに理解できませんでしたが(今でもかない怪しいですが・・・)写真のような↓由緒略記を頂いたので、それを読んだり、先日ブログにも書いた「横田町誌」で調べたり、ネットで調べたりしています。
横田八幡宮5
平安時代、鎌倉時代頃の時代背景が分かっていないので、なかなか頭に入ってきませんが、横田八幡宮蔵の‘棟札’に「弘安四年卯月十五日(1281年)本殿造営したと残っています。
そしての主祭神は「應神天皇」「中哀天皇」「神功皇后」ということを知り、元々は八川に鎮祭されていたことも知りました。
由緒記にこう記してあります。

『横田庄が往古京都石清水八幡宮の出雲国八所の荘園の内の一所であって、本宮より分霊を奉祀せる横田別宮である。太政官の命によって横田庄鎮守社として、当初八川に鎮祭されていた。(石清水文書中に保元三年(1158年)十二月三日の官宣旨、元暦二年(1185年)正月九日の源頼朝卿の下文、建久七年(1196年)丙辰八月十五日の記録が残されている。) 時代が下り、横田庄を北条氏が領有すると、弘安四年(1281年)辛巳卯月十五日八川より現境内の一ノ宮社(旧横田神社)の社地へ遷され、最明寺殿後室六波羅尼妙音が本願主となり、新しく横田八幡宮を建造した。』


読んでも分からないことだらけで・・・(^_^;)
そもそも八幡宮って?!(神社と八幡宮と天満宮って何が違うの?)とか、
荘園って何だ?!とか、
太政官って何をする人?!とか、
北条氏って・・・とか、
本願主ってなんだ?!

などなど、この時代背景が分からないと結局頂いた由緒略記を読んでも、全く理解できないという・・・・
せっかく木山宮司にお時間を作ってもらい説明して頂いたにも関わらす、この有り様で申し訳ないです、本当に…。

そして色々調べていたら、こんな素晴らしいサイトを見つけたのでご紹介します!!

『奥出雲横田とたたら』

横田庄の出現くらいからの事が良く分かるサイトですので、興味のある方は是非読んでみて下さい。


1150年頃からここ奥出雲にあったということで、かなり歴史の古い八幡宮で、今も地域の皆様が大事にお守りされています。

見て下さい↓↓御鎮座七百年記念と書いてあります。そして左下には「出雲大社宮司千家尊祀敬書」と書いてあります。
現在の千家宮司のお父様に書いて頂いたもののようです。
横田八幡宮2

こちらは狛犬。今まであまり見たことないような顔をしています。
記録し忘れましたが、比較的新しいもののようです。
横田八幡宮4

御本殿(中央)と一宮神社(左)
横田八幡宮3

一宮神社には「天照皇大神」と「須佐之男命」が祀られています。
他には「武内社」「若宮社」「今宮社」「辨財天社」「金刀比羅社」「荒神社」「社日社」「秋山社」「山神社」「随神社」が摂社として祀られています。(全部祀られている神様は違います)

この八幡宮には鳥居が2つありますが、手前の鳥居は島根県で一番古い鳥居なのだそうです。(1686年寄進)
実は今年の元旦に厄落としで行ったのが初めて。
その時には気付きませんでしたが、調べてみると由緒があり本当に素晴らしい天満宮でした。


木山宮司、御年95歳。お次を継ぐ宮司さんがいらっしゃいません、残念ながら・・・。
守って伝えていきたい、奥出雲の宝です。


横田町誌 2014-06-13

奥出雲

横田町誌

皆さんは、『横田町誌』をご存じでしょうか?!
昭和43年9月に発行されたこの町誌、色々な町内の調べものをするのに貸して頂き、現在私の手元にあります。

この横田町誌編纂事業は昭和41年にスタートし、13名の委員、事務局3名、49名の協力委員の元、2年の歳月を得て
完成し、昭和43年10月22日に予約者へ配本したのだそうです。

私が昭和47年生まれで42歳ですから、46年前に出来た本です。

ここに何が書かれているかと言うと、

*第一編 地理的環境
       第1章「地形と地質」  第2章「気候」 第3章「集落と人口」 第4章「生物」
 
*第二編 横田地域の歴史
       第1章「古代社会の展開」 第2章「中世の横田」 第3章「徳川時代」 第4章「農民生活と百姓一揆」
       第5章「製鉄業の発展と農民生活」 第6章「近代社会における横田地域」 第7章「教育と文化と生活」
       
*第三編 横田町の十年
       第1章「横田町の政治」 第2章「横田町の産業」 第3章「教育と民生」 第4章「合併十年を迎えて」

とこの様に分かれ、828ページに渡り書き記してあります。


『序』として、この横田町誌編纂を計画されたその当時の‘堀江珪一町長’の言葉が書いてありますが、“感動”の一言に尽きます。
全てを皆さんに読んで頂きたいのですが、載せて良いのか分かりませんので、特に私が感動した部分をこちらに載せさせて頂きます。

 『雪深き、中国山地の脊梁部に、原住する僅かの人々によって、青き煙があげられ、暮らしがはぐくまれた。やがて、斐伊川ぞいに遡洄して来た人びと。あるいは、戦い破れて、戦場から刀を杖しえここにたどりついた人。歴史とともに人々のゆきかいは盛んとなり、文明がおこり、産業がひらけた。戦さと、飢餓と、貧困と。怒りと、哀しみと、よろこびと。苦悩と、努力と、団らんと。涙と、うたと、笑いとがあやしく織りなしてここに郷土は拓けた。美しい郷土、やさしい郷土、なつかしき郷土は、かくて多くの先人達の哀歓のうちに築かれたのである。いまや横田町は、地すべり的人口減少のさ中にある。学窓を巣立つ多くの若者の多くは、郷土を離れて都会に流れる。ここ十年の間に、既に当時の人口の四分の一が減った。実に四人に一人の割合で、櫛の歯がぬけるように、いつしか我々の戦列から姿を消していった。 いつとなく、野に働く若者の姿は、年老いた人々の姿に変わっていった。しかし、この間に、牛の引く鋤(すき)が、トラクターにかわり、農業にも技術革新が続いた。土地改良は進められ、生産は上がり、農村の生活もようやく豊かになりつつある。まさに、今や祖国も郷土も、明治以来の大転換期に相会している。封建社会のきびしいきずなから、人々を解放して、文化国家たらしめた維新以来の指導者と国民の偉大さを、今改めて回顧して、今日と依頼を誤またしめぬ心を、自らたしかめたいものである。 今改めて、過去を振り返り現状を確かめ、未来への足固めをせねばならぬ。 横田町誌を刊行する所以も実にここにある。 ~中略~ 
 歴史が、人々の社会と個人のくらしの足跡で織り上げた織物とするならば、横田町のそれは、金襴緞子の如き絢爛、華麗なものでなくして、木綿絣のような、素朴、清純なものといえよう。それは我々の先祖が、荒寥たる中国山地の瘠せ土にクワうちふるい、目に見えぬ封建のきびしいきずなにあえぎ苦しみながらも、天災と斗い、飢えを忍び、重税に耐えて、よくこの美しい郷土をつくり、守り来った先人達の尊い努力の日々が、町誌をひもとく人々の心に、深い感動と共に生々しくよみがえってくるからである。 
 私は、横田に住むことを、誇りたい。それは、この町誌に記される如く、我々はよき先祖、よき先輩に恵まれた。わが町の産業は、そろばんといい、商業といい、困難な立地条件の中にあって、よく今日をなし得たことが何によってであるかを、よく知っているからである。 
 さて我々は、新しい100年に向かって出発しなければならない。我々の足あとが、厚みのある、美しい歴史を織りなりてゆくように、希望のうたを口ずさみながら、手をつなぎ、心を結んで、あやまりなき今日を励み、あすをつくっていくことを、ひたすらに、希ってやまぬものである。』



ちょっと長いですが、いかがでしたでしょうか?!

まさにまさに、ずっと奥出雲のことを調べてきて最近本当にこの国を作り繋いできた人たち、この町を作り繋いできた人たち、そう先人達、そしてご先祖様に感謝・感謝だと思っていたので、これを読んだときには涙が溢れました~!!!

写真に写っている「横田町誌余禄」に、編集に携わった方々の感想文が書いてあるのですが、これを読んでまた涙。
本当にこの編纂がどれだけ気の遠くなるような大変な作業だったかが書いてあり、この方々にも敬意と感謝の念がわきました。


「横田町誌」は私達の宝です。
歴史は試験勉強の為に学ぶものではなく、生き方を学ぶものだと知りました。
そして「今に生きる」私たちは、未来に何をつないでいくのか・・・。

私が今「神話・神道・神社」「仏教・お寺」に興味があるのは、まさにこういうところなのです。


‘先人たちの想いをつなぐ’一端を担えればいいなと思っています。


2014 シカゴ・ストリームウッド高校生ホームステイ in 奥出雲 2014-06-07

奥出雲

2014.5.31、6回目となる‘シカゴ・ストリームウッド高校生御一行23名’が奥出雲に到着しました!!

思い起こせば9年前の2005年からスタートした、シカゴ・ストリームウッド高校日本語専攻の学生さん達が毎年奥出雲でホームステイをするという企画。
SARSや東日本大震災、学生が集まらずで3回ほど中止になったこともありましたが、毎年15人前後11泊12日で奥出雲にやってきているのです。

初回からずっとコーディネーターとして関わらせてもらっていましたが、前回から役場地域振興課の皆さんにバトンタッチし私は初日と最後だけ顔を出させてもらいました。

昨年は中止となったので、2年ぶり。
なので去年来れなかった4年生と今年の3年生の合計20名の学生と引率の先生3名の大人数での来町!
そして色々な事情で今回は7泊8日と、ちょっと今までより短い滞在となりました。

滞在期間中は横田高校、横田中学校、八川・布勢・横田小学校の生徒たちと交流したり、
鬼の舌震、牧場、三成公園、多根自然博物館へ行ったり、
トロッコ列車に乗ったり、そろばんやミニ畳作りを経験したり、
奥出雲を満喫されました!!


対面式2014
5月31日、ホストファミリーとの対面式。
勝田副町長さんの挨拶で始まりました!!


対面式1
今年初めて、妹家族がホストファミリーとなってくれました☆
緊張のご対面!!


KIMG1687.jpg

KIMG1688.jpg
6月4日、みんなで松葉屋へお買い物に来てくれました!!


松葉屋ファミリー大集合
6月5日、松葉屋ファミリー大集合♪
妹家族の所にやってきたのは、エマリちゃんとエミちゃん。
7日が誕生日の甥っ子ヒロトの誕生会と二人のウエルカムパーティーを開催!!
二人とも‘あんこ’が大好きという事で、私達にとって嬉しいお客様でした♪


さよならパーティー3
6月6日、あっという間の1週間。
ホストファミリー・横田高校生&横田小学校生有志とさよならパーティー♪

さよならパーティー4

さよならパーティー5
ストリームウッド高校生がダンスを披露してくれたあと、みんなもステージに上がって
一緒に踊りました!!みんなとっても楽しそう♥

さよならパーティー7
最後に、ストリームウッド高校生からホストファミリーに御礼の言葉とプレゼント。
初めて受け入れをして下さった家族の皆さんは特に涙・涙…。

ここには映っていませんが、小学校2年生の男の子がお手紙を書いたと泣きじゃくりながら
読んでくれた姿に、私も涙が止まりませんでした(T0T)
「僕のお家に来てくれてありがとう!とっても楽しかったです、でも帰ってしまうのが寂しい。」と・・・。

この瞬間に出会えるのが、ずっと関わってきた私にとって一番のご褒美☆
ホストファミリーの皆さんはこの1週間食事の心配や、健康の事、楽しんでくれているのだろうかなど、不安も抱えながら引き受けて下さっているので、最後に「楽しかった、ありがとう!!あなた達は私の家族です。」なんて言ってくれているのをみると、ずっとやってきて良かったなぁと苦労が報われます。

今回もどのご家庭にも色んなドラマがあり、それぞれ楽しんで頂けたようで本当に嬉しかったです。


さよならパーティー2
全員で、記念撮影☆



見送り
6月7日6:30am、横田庁舎前に集合。
なんと!!たまたま通り掛かった奥出雲にホッケーで来ている学生さん達にも参加してもらい、アーチを作ってお見送り。


見送り1
全員、バスが見えなくなるまで手を振っていました。
今日生山駅から京都へ。京都2泊東京2泊して、シカゴへ帰るそうです!!


来年、11名の学生さんがやってくることがもう決まったそうです。
そして今年のホストファミリーの中で2組、来年も受け入れたいと申し出があったと聞きました。
嬉しい限りです♥


今まで、何組の家族が受け入れをして下さったのでしょうか?!
この輪がどんどん広がっていくことを願ってやみません。


また来年、多くの素敵な笑顔に出会えることを楽しみにしています♪♪

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