奥出雲神社巡り~三澤神社~ 2015-04-23

奥出雲『神社』

最近私の中での注目は、“三沢地区”。
出雲国風土記、戦国時代の“要害山三沢城”、たたら製鉄の鉄穴流しなどなど、紐を解くと興味深い歴史がここ“三沢地区”にはたくんさん残っているのです!!
この地区には様々な歴史の研究会があるようで、是非一度お話を伺ってみたいと思っているところです。

さて、先日大原神社にお邪魔し、その後後藤宮司に案内してもらったのがこちら『三澤神社』です。
まず名誉宮司でいらっしゃる陶山親敏氏のお宅にお邪魔し、三澤神社のお話を聞かせてもらいました。

そして頂いたのが、こちらの冊子↓↓
三澤神社

全く予備知識無しで伺ったので、最初少し理解できないところがありましたが、お話しを録音させてもらい帰って聞き返し、頂いた資料を読み、‘三澤神社って凄い☆’というのが、分かりました。

主祭神は“アジスキタカヒコネノミコト”、オオクニヌシノミコトとタキリヒメノミコトの御長子神。
創立年代は明らかではないようですが、出雲国風土記には『弎沢社』として仁多郡にある神祗官社(国が認めた神社)2社(もう一社は伊賀多氣社)の首位に記録されています。

そして三澤郷に載っているエピソードが、
「アジスキタカヒコネノミコトは髭が長く伸びるほどになっても、昼も夜も泣いて言葉も喋れなかった。心配した御親神、オオクニヌシノミコトは御子神を船に乗せ沢山の島々を連れ巡りあやされたが、いっこうに泣き止まれなかった。困り果てた御親神は夢の中で『御子の泣くわけを教えてください。』と一心に祈られると不思議なことに、その夜、夢の中で御子がものを言われた。目が覚めてから御子に尋ねられると『三澤』と初めて言われた。更に『そこは何処か』と問われると、御子は御親神の前に立って石川を渡り、坂を上ったところで立ち止まり『此処です』とおっしゃった。この澤からはこんこんと水が湧き出ており、御子はその水で身を清めすっかり健康になられ、たくましい男神になられた。」 (※三澤神社略記より)
なのだそうです。

そしてこの理由より、出雲国造が神賀詞(かむよごと)(天皇の長寿と繁栄を祈る賀詞)奏上に朝廷に参向される時はこの神水で身を清められたと、風土記に記載してあるようです。

この話を何年か前にどなたかに説明した際、「今でもその風習はのこっているのですか?!」と聞かれたそうなのですが、その時は分かりませんと陶山名誉宮司は答えられたのだそうです。
そしてその数年後、今から11年前の平成14年に出雲国造が変わられた際、‘風土記記載のように三澤池の神水で身を清めてから奉献の儀を行った’旨のお手紙を第84代出雲国造千家宮司より頂戴したと教えて下さいました。

1300年前から変わらぬ儀式が続いていることは、この度の出雲大社や伊勢神宮の遷宮で知りましたが、このエピソードにもまた感動を覚えました!!


そしてその「三澤の池」ですが、本当にどこにあったのかはっきりとは分からず、3つの節があるそうです。
ここにはまだ行っていないので、近々行ってみたいと思っています。
時間が無くて写真も撮れなかったので、今度は社殿と池の写真を載せたいと思います。


『出雲国風土記』の神社巡り、楽しくなってきました♪♪






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