奥出雲の宝、発見☆ 2013-02-05

奥出雲 『歴史』

仁王像.jpg

皆さん、こんにちは! 突然ですが、上の写真の像をご存じですか?!
実は今日、季刊誌'山里だより'編集の関係で、とあるお宅へ訪問した際、上の写真を見せて頂きました!!

奥出雲町にある『岩屋寺』というお寺にあった仁王像の写真です。残念ながら、この像は岩屋寺から消えてしまい、それを追跡している方が、オランダの'アムステルダム国立美術館'にあることを突き止められ、今度それを見に行くという事を今日お邪魔したお宅のご主人に知らせる為に送られたものでした。
私が、『岩屋寺にも興味があるんです!』と言ったら、『そういえば昨日こんな手紙が届いたわ。』と言って見せた下さったのです!!

お手紙を出された方も奥出雲町出身の方で、この奥出雲の宝を守れず海外に流出させてしまったことをとても悔やんでおられ、何故流出し、ここアムステルダムに来たのか、その謎を解き明かそうとされています。

ちょくちょく奥出雲にも帰って来ておられるようなので、今日お邪魔したお宅のご主人にお願いし、今度会わせてもらう約束をしました!!! アンド、ご主人と岩屋寺に登る約束も☆

今からとっても楽しみです♪♪
また、その謎が解明された暁には、是非ここで紹介したいと思います☆

奥出雲で生きるということ 2011-06-09

奥出雲 『歴史』

こんにちは!最近いろんな出来事があり、出逢いがあり、考えさせられることが多く、無い頭をフル回転させています。

先日東京からのお客様とご一緒する機会に恵まれました。某大手飲料メーカーの副社長様や世界で活躍するアスリートをプロデュースする会社の社長様、官僚の方々などとご一緒に雲南市吉田村にある"菅谷たたら""鉄の歴史博物館"見学と"木次乳業(有)"の相談役・佐藤忠吉様にお会いしてお話を聞かせてもらいました。

たたらの事は今までにも少し調べたこともあったし、たたら操業も一度見学に行かせてもらったこともあり多少分かっていたつもりでしたが、今回"菅谷たたら"見学と"鉄の歴史博物館"でビデオを見させてもらい衝撃を受けました!!

菅谷たたら.jpg

そしてその後、佐藤さんにお会いし'食の杜'内にある茅葺の家で木次乳業創業の話や農業の話を聞かせていただき、ここでもまた衝撃を受けました。

茅葺の家.jpg

何に衝撃を受けたかというと、私自身「奥出雲を愛してやまない一人」と豪語しておきながら、あまりにも'奥出雲町横田(旧横田町)'に固執しすぎて、近隣の町の事など全くしらずして語っていたということに気づかされ、このたたら製鉄の栄えた中国山脈内の地域(奥出雲地方とでも呼びましょうか)は切っても切り離せない、今はただ行政区域で区切られているだけで、奥出雲地方の生きてきた道のりを知り、この町で生きて行くことのヒントを得たような気がしました。

お勉強の'歴史'が嫌いだった私は、何年に何があったとか全く覚えられず昔の事を知って(覚えて)何になるのか?位にしか思っていませんでしたが、今'歴史'から学ぶことは多く先人達が何を思い、どう生きてきたのかを知ることで今の私たちの暮らしのヒントになると思うと歴史を学ぶというのはとても大切な事だと思っています。

今回のたたら見学で学んだことは、昔は鉄穴流しという技法で砂鉄を採りたたら操業をしていたのですが、このたたら操業に関わる人々の暮らしと、その周辺で農業をしていた人たちの間で争いがあった。どいういう争いかというと田畑が砂鉄の混じった土砂でやられてしまい農業ができず生活ができないので、その為争いを避けるためお互い知恵を出し、農閑期(9月末~3月末)の間に砂鉄採取をし、農業をする間は採取しないという約束をした。そうすることにより農家の人々も仕事のない農閑期には砂鉄を採る仕事につかせてもらった。など共存する道を取ったということです。
こういう事から'その地域で暮らす知恵'を教わるのだと思いました。

また、御年92歳の佐藤さんの92年間生きてきて体験したこと、感じたこと、今思うことなどお話を聞き、日本の農民の素晴らしさや、その土地のものを食べて生きていくことの価値や意味を教えていただき、また自立心を養う大切さ、自然と共存して生きていくことの大切さなど教わりました。

日登牧場.jpg

焼さば寿司.jpg

日登牧場で可愛い牛たちを見せてもらい、最後は木次駅の近くの名物焼さば寿司をいただき、この場でもまた皆さんの会話から感じることが多々ありました。

私の母は木次町出身なので雲南の血も混じっています。この奥出雲地域一体をもっと知りたい、たたらも行政区域で区切った発信の仕方ではなくもっと連携して発信できればいいなぁと思いました。(すでに"鉄の道文化圏"と言って6市町村でできた団体がありますが...。)まだ行ったことのない施設等を訪れてたたらについて学びたいと思っています。

今を心豊かに生きるヒントがたくさんちりばめられている、そんなことを感じた1日でした。
ご一緒させて頂いた皆様、本当にありがとうございました!!





『奥出雲1・2・3』 高橋一郎編著 2010-01-04

奥出雲 『歴史』

皆さんこんばんは。2010年最初に素敵な本を紹介できることを嬉しく思います!

タイトルにあります『奥出雲』という本ですが、90歳代半ばになられます高橋一郎先生が1975年~2003年に毎月発行された機関誌"奥出雲"を編纂されたものです。この度増版があり知人が教えてくれましたので、購入しました!!
'この本を読むと奥出雲の(特に横田の)歴史が良く分かる'と聞いていたので、本日手に入り大変喜んでいます♪♪

高橋先生本.JPG

高橋一郎先生は、中学教員を退職後「横田史談会」なるものを発足し、毎月古文書を読む会・古典会読会・史跡巡りの会を開き、機関誌"奥出雲"を発行しておられたとこの本のまえがきに書いてありました。そういった事をされていた事に感激、しかし現在ご高齢の為続いていないことを残念に思います。

奥出雲に帰り、奥出雲に興味がわき私なりに少しずつ勉強をしてはいますが、是非この土地で長く生きて来られた方々に歴史を聞いてみたいと思っていました。"奥出雲の歴史勉強会を開きたい!"と思ったこともありましたが、実現せず現在に至ります。
高橋先生の事は聞いたことはありましたが、現在病気療養中とのことなのでそれを実現させる事は不可能...、そんな時この本が増版されたと聞き早速購入に至った訳です。

結構分厚い本なので、少しずつ読み進めていき、印象に残ったことなどまたここで披露したいと思います!!




奥出雲の秋 『櫻井家~可部屋集成館~』 2008-11-06

奥出雲 『歴史』

只今、エキュート大宮に出張販売中の内田咲子です!

さて、皆さん見ていただけましたでしょうか、トップページが変わったのを...。
綺麗な紅葉でしょう♪
こちらは、櫻井家庭園の写真です!(奥出雲町役場で保管されている写真をお借りしました。)
こちらの櫻井家は「たたら御三家」の一つで、奥出雲町上阿井にあります。櫻井家の末裔は戦国武将の塙団右衛門で、大坂夏の陣討ち死にの後、2代目直胤は福島正則に仕え、その後母方の姓『櫻井』を名乗り広島郊外の可部郷に住み製鉄業を営みました。
3代目の直重が奥出雲・上阿井に移り住み屋号を『可部屋』と呼び、"菊一印"の銘鉄を創り出し、その業績を松江藩に認められ、やがて5代目利吉が「鉄師頭取」の要職を拝命。絲原家・田部家と共に"たたら御三家"と呼ばれるようになりました。現在の当主は13代目です。

櫻井家住宅は江戸時代に鉄師頭取の屋敷としての風格を伝える国の重要文化財、可部屋集成館は櫻井家に長年に渡り伝えられてきたものを集成した資料館です。

こちらの櫻井家と絲原家が奥出雲にあり、絲原家もまた鉄師頭取のお屋敷・資料館として今に伝えています。

どちらのお庭の紅葉も今が見ごろだと思います。奥出雲にいないので、確かな情報ではありませんが、だいたい奥出雲は11月上旬~中旬が紅葉の見ごろです♪奥出雲町役場HP紅葉情報

あじわいロードも16日までやってますし、是非奥出雲へ訪れ五感で『秋』を堪能していただけたらと思います。

『そろばん』 2008-08-22

奥出雲 『歴史』

今日は『そろばん』のお話です。
『よし!そろそろ、そろばんネタで行こう☆奥出雲と言えばそろばんだし・・・』と思ったのはいいですが、そろばんについての知識が何も無い・・・、ネットで調べればいいや、と思って調べてもあまり出てこないし・・・・困ったなぁと。
そして思いつきました!!『奥出雲には「雲州そろばん伝統産業会館というそろばんについての資料館があるではないか!!』と。
入場料(大人310円)を払い中に入ってみると、はい、そろばんについての資料・展示品がたくさんありました。

伝産会館1.JPG

伝産会館2.JPG


以下そろばんについての話は、ここ「雲州そろばん伝統産業会館」の資料に基づいて書いています。

そろばんが日本に初めて渡来したのが1572年(元亀3年)?、1705年(宝永2年)『美濃屋理兵衛』銘の大津そろばんが最古のものとして現存。1725年(享保12年)この頃大津そろばんの盛況の記録があり、同じ頃『芸州広島塩屋小八』がそろばんを作り、その芸州そろばんを手本にしてそろばん作りを始めた『雲州算盤』の創始者「村上吉五郎」氏が1787年(天明7年)雲州亀嵩(現奥出雲町亀嵩)に生まれた。

【第1期】 雲州算盤草創期                            
1832年(天保3年)『吉五郎』銘に作られたそろばんが奥出雲に残る最古の算盤として現存 
同じ頃雲州算盤ロクロ改良者『高橋常作』氏が横田に生まれる。
1849年(天保12年)雲州算盤の地場産業確立者『村上朝吉』氏が横田に生まれる。
1854年(安政元年)奥出雲横田地区に寺子屋急増
※村上吉五郎創始の足踏みロクロによる珠削り方法を高橋常作ははずみ車付足踏みロクロとして能率を良くした。

【第2期】 雲州算盤の地場産業草創期                      
1872年(明治5年)この頃村上朝吉は珠削りに手廻式ロクロを完成し、その技術を公開伝授、その為横田に職人が急増。    
1876年村上吉五郎死す。

                                      
【第3期】 雲州算盤行商、雲州の製作技法を取り入れ播州に生産革命起こる      
1882年(明治15年)高橋常作死す。1887年(明治20年)差海商人(現島根県湖陵町)によって西日本へ行商が始まり、『雲州算盤』の名声高まる。


【第4期】 阪神商法も見習った雲州算盤商法                    
1904年(明治40年)頃から問屋・妹尾商店算盤部開店や雲州算盤卸商 松浦面曽合名会社等設立される。


【第5期】 阪神へも進出して活躍する雲州職人                  
1924年(大正13年)出雲算盤株式会社創設(横田地区) 機械による学校用そろばんの製作工場を持っていた。


【第6期】 発展期 ~機械化と工場制へ~                    
1942年(昭和17年)頃より各種組合の設立、製造機械の開発潑化する 1960年(昭和35年)協同組合法による雲州算盤協同組合設立


とこのような年表がありました。(かなり抜粋していますが・・・。) 長々と書きましたが、簡単に説明すると、『村上朝吉』さんという人が手廻式ロクロ(正確な珠、形も大小自在)を開発した事により、飛躍的な量産が可能になり、一番はそれを秘伝とせず公開によって横田での生産高が増大し、ここ横田の地場産業として育ったようです。


ここまで調べて、次に『そろばんと工芸の館』へ行って見ました。すると『内田文雄』さんというそろばんの伝統工芸士の方が出てきて下さり、色々なお話を聞かせて下さいました。
『そろばんで発展してきたここ横田も戦後電卓やパソコンが出てきた為、そろばん需要が減り、産業として衰退してきました。私の父達の代にはそりゃあそろばんで儲けたもんです。けど、だんだん需要が減り仕事が減り、良い商売じゃないということで息子達をみんな役場の職員とかサラリーマンにしたんですわ。それで後継者がいなくなって、このままではそろばんの生産拠点がなくなるということで平成10年に5社が合併して、ここ雲州そろばん協業組合'そろばんと工芸の館'を作ったんです。そして最近大学生の数学力の低さ等が言われるようになってそろばんが見直されてきているので、需要が増えたんですが、職人がいないから生産が追いつかないんです。』と。
伺ったところ、現在ここにおられるそろばん職人さんは8名(平均年齢58歳位)との事。

そろばんと伝統の館.JPG

そろばんと伝統の館看板.JPG

そろばん工場.JPG


「そろばんの町横田」と言われているのには、こういう歴史があり、そして今や少しずつ過去のものとなりつつあるのにはそういう訳があったのかと、地元にいても実は今日初めて知りました。

しかし、やはりそろばんは色々な意味でとても良い物なのです。というのも、内田さんが言っておられましたが、「そろばんは『読み・書き・そろばん』という位勉強するのに基礎を鍛えるという意味でとても役に立ち、また集中力をつけるのに非常に適している道具です。最近小学校へ講師として行く機会があるのだけれど、子供達の私語には驚きますよ。昔はあんなこと無かったのに・・・。でもそろばんやっている子ども達というのは集中力が違います。計算能力も高いし。」と。

毎年シカゴから高校生が約15人位、ここ奥出雲にホームステイをしに2週間位やって来るのですが、必ず1日算盤塾の子供達を集めてこのアメリカの高校生の前でやってみせるのです。するとアメリカの高校生達が目を丸くして、凄さに感動して帰ります。私も始めて見た時本当に感動しました!!そして今更ながら、そろばんやっておけば良かったと・・・。



このブログを書くに辺り調べた『そろばん』。算盤を売り、外貨を稼いだだけではなく、行商にいった人達が外の文化を持ち帰りこの奥出雲の文化的背景を作ったという事を知りました。そろばんを通し先代達がこの奥出雲に残したものは大きかったのですが、時代の流れとともに今ここ奥出雲は変わりつつあります。しかし確実に今ならまだ『技』は残っているのです、伝承していける事を願ってやみません。

そしてもう一度ここ奥出雲に住んでいる人が先人達のやってきた事を学び、何を教訓とし、また今後どのようにしていくのがいいのかを考える必要があると感じました。


『雲州そろばん伝統産業会館』

 営業時間:AM10:00~PM4:30
 休館日:毎週月・金曜日(但し、当日が祝日の場合は翌日、年末年始12/28~1/4)
 入場料:個人・・大人360円、高・大学生210円、小・中学生150円
     団体(20名以上)・・大人260円、高・大学生210円、小・中学生100円
 電話番号:0854-52-0369

『そろばんと工芸の館』
 営業時間:
 定休日:
 電話番号:0854-52-0839

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